昔から、どうでもよいことを、あれこれ考えるのが好きだった。
だからか、小さなころから、ずっと時間とは何だろうと考え続けている。
未来のことは何も分からないから、過去のことがヒントになるかもしれない。
10年ちょっと前、弁護士になるため裁判所の司法修習を受けていた、あっという間だ
100年前、いつも孫に対して優しかった祖父母たちの青春時代だった、その祖父母たちは、小さなころ、江戸時代にはお侍さんだったお爺さんから、いろいろ話を聞いたかもしれない
1000年前、藤原実資という貴族が、「近日、京畿内・外国に、疫死するものが多い 民の命は尽きそうである ああ、悲しいことよ」と日記(1020年閏12月25日)に書いている 「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず、よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」と書かれたのは、それから約200年後のことだが、どんどん一方方向に流れて、とどまることを知らない時間そのものだ
1万年前、もうすでに日本列島各地で、いわゆる縄文文化といわれる社会で、それぞれの生活が営まれてた この縄文時代が、日本の歴史(書かれた歴史ではないけれど)の大部分
これも含めて、以下、見てもいないものを、さも見てきたかのように書くことをお許しいただきたい、これらはここ最近のほんの十数年の間に確認された人類共通の貴重な情
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