もう、はるかかなたの記憶の中の思い出
1979年5月 モスクワ 出会い
「ききにきてね」「18時半くらい」と彼女。
音楽のことなど、何も分からないぼくが、いくら彼女のことが好きでも、1時間もピアノの練習に付き合うことは退屈きわまりない。
躊躇するぼくに「なんでもいいからききにきてね」。
「ちょっと、遅刻していこう」とぼくは思った。
それでも、ぼくは、18時30分には、スタジオの扉の前にいた。
扉を開くと、ショパンの舟歌、彼女のピアノ練習を聞くのは初めてだった。
主題に戻ってきたところで、それまでぼくに顔を向けることなくピアノを弾いていた彼女が、「ここうまく弾けないんだよね」と、初めてこちらを見ながら、はにかんだように、その可愛い笑顔の視線を向ける。
その部分を、なんどか繰り返して弾く彼女。その顔は、真剣な輝きに満ちていた。いつもの彼女とは、また違った不思議な魅力だった。ぼくに音楽的な素養があれば、「リズムがつまっているから弾けないんだよ」とか、気の利いたコメントができるのだろうけど。
「コンチェルト、今日は、まだ練習していないんだよね」と、ショパンピアノコンチェルト2番に入る。そして、マズルカ風ロンド。
ぼくは、知らないうちに、どんどん彼女のピアノの練習の中に引き込まれていく。気が付くと、もう1時間近く経っていた。
最後は、バラー
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