元農水次官「長男も危害」懸念 川崎殺傷事件が動機に影響か(共同通信)
痛ましい事件が続く。
家族とは何か、人生とは何か。否が応でも考えさせられる。
私が生まれた戦後の混乱期は、国民が総じて貧しかった。
欧米に追い付け追い越せ、国民は身を粉にして働いた。
貧しくとも、目標があったから、世の中には活気があったかもしれない。
親は子に、自分の子供の頃のような貧しさを味あわせたくなく、
自分が企業戦士として働く対価を、マイホームの頭金にして、
教育に金をつぎ込み、家は妻に任せ、家庭を顧みず働いた。
子供は、自分の部屋を与えられ、しかし学歴偏重社会に喘いでいた。
エリートの家庭では、少なくとも親の地位と同等の学歴や就職が求められ、
路線から外れると、人生が失敗だったかのように、
扱われる家庭も少なくなかったのかもしれない。
核家族世代は、そんな子供の揺れる心境を、
支える大人が圧倒的に不足していた。
そうした子供たちは、自己肯定するのが苦手で、
少々の失敗で立ち直りのきっかけを失う。
そした子供たちが、社会に居場所がなく自分の城に立てこもり、
いつの間にか中高年に達してしまった。
そうした子供を、一般的な中高年に矯正するのは至難の業だ。
市役所に相談したところで、児童相談所の現状とそう大差はないだろう。
きれいごとや、べき論は誰でも言えるが、それは具体的な解決策ではない。
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